パラ DAC とポートフォリオ理論と平均顔

hirax.net から。
「1bit変調」と「誤差拡散法」

「ゴールデン/デッド・クロス」と「ナンシー版画」と同じように、一見違う分野の技術に見えても、実は全く同じ仕組みで動いている技術のペア(対)はたくさんある。そんな技術ペアの一つが「ΔΣ変調」と「誤差拡散法」である。

オーディオで使われる DAC IC の性能は歪の性能を示す THD+N とか ノイズの性能を示す S/N 比とかの数値で表すわけだが、一個の DAC で例えば 120dB の S/N 比が得られるとすると、DAC をパラに接続することで歪やノイズの成分は二乗の和の平方根 root-sum-square にしたがって低下する。理論上、2 個パラなら 1.4倍 = 3 dB、4 個パラなら 2 倍 = 6 dB S/N 比が向上する。n 個パラであれば sqrt(n)/n になる。これはまああくまで理論上の話で、実装に依存する部分が出てくるからそう単純ではないが、歪やノイズがそれぞれの DAC でバラつくという性質を逆手にとって、複数の DAC を組み合わせることで音質を向上させるわけだ。実際、高級オーディオでは DAC ICをパラ接続した CD プレーヤや D/A コンバータが売られている。
一方、投資の世界では投資に見合うリターン(利回り)だけでなく、投資に伴うリスク(利回りの変動幅)がどれくらいあるのか、ということが重要になるという。株みたいなものは値段の上げ下げの幅が大きいからリスクは相対的に大きいし、債券などはそれほど大きく値段がバラつくことはないのでリスクは比較的小さい。できるだけ少ないリスクで大きなリターンを得ることができれば最も効率的ということになる。
単一の投資先ではなかなかそうした優良な条件のものは少ないが、投資先を複数に分散させるとリスクは小さくなることが知られている(らしい)。モダンポートフォリオ理論によると、複数の投資先を選んだときに得られるリターンはそれぞれの投資先のリターンの平均になるが、リスクのほうは、単一のリスクの root-sum-square で小さくなるという。すなわちリターン/リスクの比が大きくなり、運用の効率性が上がることになる。
DAC のパラ接続と分散投資、一見違う分野に見えても全く同じ仕組みで動いているというのは面白い。歪やノイズというバラつきも、リスクというバラつきも、複数組み合わせることで減らせるわけだ。
ここで思い出すのが平均顔だ。いろいろな人の顔写真を重ね合わせると、割と美男美女になるというアレだ。個々の顔の特徴というのは当然バラついているわけだが、重ね合わせることで平均化され、整った顔に収斂していくわけだ。
とはいえ平均顔は人の記憶に残りにくいという。人の顔を覚えるのには何かしらの顔の特徴を利用しているわけだが、平均顔だとその特徴が平均化されているから記憶に引っかからないわけだ。投資の世界でも平均的に投資しようと思うと TOPIX や S&P500 といった市場のインデックス自体に投資するのが一番効率的ではあるが、投資先の経営状況などから投資適正を判断するファンダメンタル投資やチャートなどを使って売り時買い時を探るテクニカル投資によって投資先を探すといった妙味がなくなることからつまらないという人もいるようだ。オーディオでも、多数パラ化するときれいな音にはなっていくが躍動感に欠けるといった指摘もあるようだ。
もしかすると、平均を取るか個性を取るか、好みの問題でいかようにも結果が変わってくるのが投資とオーディオの共通点なのかもしれないね。